フットボールの真実 大住良之

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help リーダーに追加 RSS 第214回 「JFAテクニカルレポート」を読む(中)

<<   作成日時 : 2006/12/11 09:47   >>

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 さて、今回のレポートには、98、2002年の両大会のテクニカルレポートと大きく異なる部分があります。大会当時の技術委員長であり、現在はJFAの専務理事を務める田嶋幸三氏による、署名入りの「日本代表報告」が8ページにわたって掲載されていることです。

 このDVD/レポートが発売される直前の11月8日に、日本サッカー協会は「2006FIFAワールドカップドイツ日本代表テクニカルレポート・メディア向け説明会」を開催しました。私は当日、アルゼンチンに出発したため出席できませんでしたが、田嶋専務理事と技術委員会副委員長の布啓一郎氏が出席し、おおまかにレポートの中身を説明した後、質問に答える形で田嶋専務理事の意見が披露されました。レポート内の「報告」と同じ趣旨の話だったようです。

■海外組の選手数で実力が決まるのか

 田嶋専務理事(前技術委員長)の「報告」には、驚くべきことがたくさんあります。

 第1に、大会前に日本をF組の「4番目」と分析していたこと。その主要な理由が、「ヨーロッパでプレーしているプレーヤーの数」であるということです。

 これは、日本代表としての強化や、Jリーグ各クラブの努力などをまったく無視した表現で、まさに「ヨーロッパ組」を自動的にレギュラーにした2004年前半までのジーコ監督の過ちとまったく同じ考え方です。大会前に「4番目」と分析していたことなど、今回のワールドカップで何が起こったかを考えるうえでどんなメリットがあるというのでしょうか。

 第2に、コンディショニングに失敗し、「ドイツ戦にピークがきてしまった」ということ。これについては、後に詳しく触れたいと思います。

■「グループ最下位」の現実を直視せよ

 第3に、目標のすり替えです。「今大会のベスト8のうち6チームが優勝経験国で、いかに優勝することが難しいか」と、日本の成績を「けっして悪くはない」との印象を与えようとしていますが、今大会の第一段階の目標は、あくまで、「1次リーグ突破」であったはずです。それができなかった。グループで2位になるという目標を達成するどころか、グループで最下位だったことが、今回のポイントでした。

 しかし田嶋氏の報告を含め、今回のレポートには1カ所も「最下位」という言葉は出てきません。田嶋氏は再三ブラジル戦のプレーに言及し、ブラジルに対し、前半好プレーをしながら、後半、ブラジルが「日本戦がベストゲーム」というような試合をしてきたため、惜しくも敗退したかのような印象を抱かせる書き方をしています。目標をすり替え、「最下位だった」という現実を直視しない態度から、何が生まれるのでしょうか。

■ワールドカップの1年前に次期監督をオシムに決めていた!

 第4に、1年も前に日本チームの課題を知りながら、実質的に何も手を打たなかったということです。

 2005年のFIFAコンフェデレーションズカップで、日本のいくつかの課題が明確になりました。そのひとつは、組織的なプレス守備ができていないということでしたが、ワールドカップでは、「ブラジル戦の前半は良かった(ジーコが修正してくれた)」「ところが時間がたつにつれてプレッシャーが遅れてきた」という結果でした。田嶋委員長は、その主因を「チェルシーやアーセナルは強烈なプレッシャーを90分間できるような試合を常に行っている。それが日本はやはりできていなかった」と、私の第1の「驚きポイント」のときと同様、日本代表の強化以外のところにすり替えてしまっているのです。

 そのほか、FIFAコンフェデレーションズカップでは、「高さ」、「球際の攻防」など、守備面で課題が明確になった。しかしそうした面に対する改善が何も行われないうちにワールドカップがきてしまった。

 何より驚いたのは、いろいろな分析から、「1年前に次期監督をイビチャ・オシム氏に決めることができた」と、誇らしげに書いていることです。1年前といえば、予選突破を決めた直後か、コンフェデレーションズカップの直後です。ではなぜ、その時点でジーコ監督を解任し、イビチャ・オシムにワールドカップを託さなかったのか。「決め」ていたのなら、なぜことし6月、オシム氏の監督就任要請をめぐってあんなドタバタがなければならなかったのか。不思議でなりません。(つづく)


第213回 「JFAテクニカルレポート」を読む(上)
第215回 「JFAテクニカルレポート」を読む(下)


大住良之(おおすみ よしゆき)
1951年神奈川県横須賀市生まれ。中学生のとき66年ワールドカップ・イングランド大会の放送を見てサッカーにのめり込む。74年一橋大学卒業後、ベースボール・マガジン社入社、「サッカー・マガジン」編集部勤務。78年より編集長。82年同社退職後、(株)アンサー所属。88年よりフリーランスのサッカージャーナリストとして活動。
74年西ドイツ大会以降7回のワールドカップ取材をはじめ、多くの国際大会、世界各国のサッカー事情を取材。新聞・雑誌を中心に執筆活動を続けている。
アジアサッカー連盟「1998年フットボール・ライター・オブ・ザ・イヤー」受賞。
「日本サッカーライターズ協議会」事務局長。
女子サッカーのクラブチーム「FC PAF」監督。
<主な著書>
「理想のフットボール 敗北する現実」(双葉社 2004)
「代表戦記」(日本経済新聞社 2004)
「がんばれ! 女子サッカー」(共著 岩波書店 2004)
「アジア最終予選」(双葉社 2005)

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