フットボールの真実 大住良之

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help リーダーに追加 RSS 第215回 「JFAテクニカルレポート」を読む(下)

<<   作成日時 : 2006/12/15 14:38   >>

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 最後に、前回で飛ばしたコンディショニングの話をしたいと思います。5月30日のドイツ戦(レバクーゼン)は、日本のサッカーファンにとってエキサイティングな試合でした。小さいながらもアウェーで満員のスタジアム。レギュラーを並べたドイツ代表に2−0とリードし、惜しくも勝利を逃しましたが、ワールドカップ優勝3回を誇る伝統国、しかも目前に迫ったワールドカップのホスト国と引き分けを演じたのです。

 しかし試合は常に相対的なものです。ドイツは大会前のトレーニングのピーク時にあり、疲労困憊の状態でした。クリンスマン監督は、こうした時期にすばやさを武器とする日本のようなチームとの対戦はしたくないと、ドイツ協会を通じて、日本協会に試合の延期(ワールドカップ以降に)を申し出ました。しかし日本協会はそれを拒否し、契約どおりこの日に行うことを主張しました。

■大会前のドイツ戦が大きな鍵だった

 私は、早くからワールドカップ直前にドイツと対戦することを疑問視し、いろいろなところに書いてきました。日本選手はどうしてもこの試合に焦点を合わせてしまい、オーストラリア戦に向けて再び集中するのが難しいのではないかと考えたからです。

 ドイツの不出来も手伝って、高原直泰が見事な2ゴールを決めました。しかしこの試合は日本もけっしてベストの状態ではなく、いくつもの欠点、反省点がありました。

 反省点のひとつは、同点に追いつかれたことです。日本が2−0とリードし、相手がホームの意地で攻勢に出てきたとき、日本は相変わらず足元から足元へとパスをつなぐサッカーを続けていました。少しでも想像力のあるチームであれば、出てくる相手の背後に大きなパスを出し、それが直接チャンスにつながらなくても、相手を下がらせ、嫌がらせ、前へ出てくる勢いを殺すことはできたはずです。そうした「ゲーム運び」ができていれば、あの試合は勝てたはずです。

 しかし勝てるはずの試合を引き分けにされたという反省よりも、「おれたちはできる。ワールドカップでも上位に行ける」という「思い違い」に結びついてしまったのです。田嶋氏の「報告」にも、「あたかも優勝してしまうのではないか、という雰囲気」と書かれています。

■ドイツ戦と同じようにオーストラリアにもやられた

 このドイツ戦で集中が切れてしまったことは、6月4日のマルタ戦(デュッセルドルフ)で明白になっていました。そして、ワールドカップ初戦のオーストラリア戦、1−0とリードして迎えた後半に選手たちが見せたプレーは、ドイツ戦の2−0になった後とまったく同じだったのです。

 ドイツ戦をしっかりと「ワールドカップへの準備」ととらえ、できなかったこと、改善の余地があるところを認識し、反省していれば、オーストラリア戦では、別の戦い方ができていたはずです。

 オーストラリア戦の大きな要素は、暑さと、DF坪井慶介の両足けいれんによる交代(後半11分)でした。坪井に代えて準備の十分でない(田中誠の負傷で呼ばれたため、調整不足だった)茂庭照幸を交代で送り出さざるをえなかったことは不運でした。

 暑さは両チームに共通する要素でした。大会4日目に行われたこの試合。大会の開幕日までは低かった気温が急速に上がり、選手たちは体が慣れていませんでした。午後3時からの試合だったとしても、開幕時のように気温が23度程度であれば問題はなかったでしょう。しかし気温がわずか数日で10度も上がったこと、しかも炎天下の試合だったことは、本当に不運だったと思います。しかし繰り返しますが、暑さに影響されたのは、日本だけではありません。

■コンディショニング失敗の原因はどこにあるのか

 実際、後半の半ばにはオーストラリアも足が止まり、限界に近づいているように見えました。しかしオーストラリアは3人の交代枠をフルに生かして最後の活力を注ぎ込んだのに対し、ジーコは後手に回って交代選手を生かすことができませんでした。もちろん、「追う者」と「追われる者」のメンタル面の違いもありました。

 もし真剣に暑さ対策を考えるなら、中東で合宿してからドイツにはいるということも考えられたでしょう。しかし通常の年であれば、5月の日本とドイツの合宿で、十分気候に順応できる体の準備ができていたはずです。寒気と悪天候の連続だった日本とドイツ。予測不可能な事態だったと思います。

 すなわち、「コンディショニング」の失敗は、フィジカル面ではなく、メンタル面にあったと、私は考えています。終盤に体力的な壁がきたとしても、その前の時間帯にしっかりとした試合運びをして差を広げるか、それができなくてもさらにオーストラリアを追い詰めていることができれば、問題はなかったはずです。しかし選手たちは、まるでもうワールドカップが始まっていることすら知らないような試合をしていました。ミスジャッジでもらった1点だけで、集中を失い、甘い試合をしてしまったのです。

 田嶋氏の「報告」には、コンディション不足の根本的な原因や責任については、まったく触れられてはいません。

■「日本代表報告」は失望以外の何ものでもない

 私は、その原因を以下のように考えています。

 1 ワールドカップへの準備とは無関係なことに日本代表を使うための「Jヴィレッジ合宿」。
   それによって選手たちは集中を妨げられた。
 2 代表強化の観点からではなく、何か別の理由により行われたドイツ戦。

 すなわち、今回のワールドカップの失敗、「F組最下位」という結果は、以下のように帰せられるはずです。

 1 2005年に明らかになった課題をこなせなかったジーコ監督の指導力不足。
 2 ジーコ監督に欠けるものが何であるかを知りながら、監督交代やコーチの補充など
   必要な手段をとることのできなかった日本サッカー協会技術委員会の怠慢。
 3 ワールドカップの準備に、強化の観点から離れたいろいろなものを盛り込もうとした
   日本サッカー協会の不まじめな態度。
 4 ドイツ戦から何も反省せず、ワールドカップを甘く見た選手たちの甘さ。

 これが私の意見です。田嶋専務理事は、「ピーキングが早くきてしまった」と、あたかも自然現象であるカイザースラウテルンの猛暑のようにコンディショニングの問題を説明していますが、「甘さを許されない」のは、ピッチ内の問題だけではないのです。日本サッカーの環境、何よりも直接的に代表強化にたずさわる日本サッカー協会と技術委員会の問題にほかなりません。その分析も反省もまったくなく、責任の所在すら明らかにしていない今回の「日本代表報告」は、失望以外の何ものでもありません。

 「JFAテクニカルレポート」は、DVDも小冊子も、目を通す価値のあるものです。学ぶところはたくさんあります。しかし田嶋幸三専務理事(前技術委員長)によるその第5章「日本代表報告」は、無責任極まる、すり替えと自己弁護にほかなりません。(了)


第213回 「JFAテクニカルレポート」を読む(上)
第214回 「JFAテクニカルレポート」を読む(中)


大住良之(おおすみ よしゆき)
1951年神奈川県横須賀市生まれ。中学生のとき66年ワールドカップ・イングランド大会の放送を見てサッカーにのめり込む。74年一橋大学卒業後、ベースボール・マガジン社入社、「サッカー・マガジン」編集部勤務。78年より編集長。82年同社退職後、(株)アンサー所属。88年よりフリーランスのサッカージャーナリストとして活動。
74年西ドイツ大会以降7回のワールドカップ取材をはじめ、多くの国際大会、世界各国のサッカー事情を取材。新聞・雑誌を中心に執筆活動を続けている。
アジアサッカー連盟「1998年フットボール・ライター・オブ・ザ・イヤー」受賞。
「日本サッカーライターズ協議会」事務局長。
女子サッカーのクラブチーム「FC PAF」監督。
<主な著書>
「理想のフットボール 敗北する現実」(双葉社 2004)
「代表戦記」(日本経済新聞社 2004)
「がんばれ! 女子サッカー」(共著 岩波書店 2004)
「アジア最終予選」(双葉社 2005)

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