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今季のロナウジーニョは「不調」と言われ続けてきました。まとまった休養の期間がないと、選手は肉体的な疲労を蓄積させるだけでなく、精神的にもフレッシュさが失われ、アイデアが乏しくなってしまいます。何年間も休みなく世界最高レベルのプレーを見せ続けることができる選手など、ありえません。私は、「コパ・アメリカは休ませてほしい」というロナウジーニョの気持ちは当然のことだと思うのです。 ■「愛国心」か、単なる「エゴ」か ところがブラジル代表のドゥンガ監督は、「呼ばれたらくるのは当たり前」と主張してやみません。代表チームから必要とされたら、選手たちは名誉を感じ、どんなときにも喜んで馳せつけるべきだと言うのです。愛国心があれば当然だと言うのです。 彼はそうしてきたのかもしれません。しかし私は、監督あるいは代表チームのエゴを感じます。大会に勝つため、あるいはチームづくりのために、選手が置かれた状況などに目をやらないのは、エゴ以外の何物でもありません。 ■アジアカップが負担になる「欧州組」 「ナカムラは、アジアカップに来たいと言うだろう。しかし私は、『それに出たら、きみの選手生活にどう影響できるか、よく考えなさい』と話すつもりだ。出れば休みがなくなる。そうすれば、8月から始まるシーズンではいいプレーができなくなり、セルティックでポジションを失うかもしれない。選手はよく考えなければならない。単純な話ではないんだ」 日本代表のオシム監督は、こんな話をしています。7月7日から29日まで行われるアジアカップ。スコットランドのセルティックに所属する中村俊輔は、6月からはオフになり、6月1日、5日のキリンカップに出場すると、何も拘束のない状態になります。しかしアジアカップに出場するとなると、ほとんど休む間もなくトレーニングを始めなければならないことになります。そして仮に決勝まで6試合を戦い、疲れきってグラスゴーに戻ると、チームメートはほぼ1カ月間のプレシーズントレーニングでコンディションは最高、コンビネーションも万全の状態でシーズン突入を目前にしているのです。 アジアカップに出場することが中村にとって大きな負担になるのは明白です。中村だけではありません。高原も、稲本も、中田も同じことです。 ■地域連盟選手権は世界で同時に行うべき FIFAは、「インターナショナル・マッチカレンダー」のなかで、6月を国際大会の月と想定しています。しかし地域連盟の選手権を、どのような頻度で、何月に開催すべきかの制約は設けていません。それぞれの地域連盟には、それぞれの事情があるからです。 しかしこのままでは、選手たちが犠牲になる一方です。 私は、地域連盟の選手権は4年に1回、ワールドカップの中間年の6月とし、世界中でいっせいに行うのが、最良の解決案ではないかと考えています。そして、前回のワールドカップに出場した選手は、それに続く地域連盟の選手権(予選は除く)には出場できないこととします。そうすれば、選手が休養を取れないのは、若い選手でも2年に1回、ベテランになれば4年に1回ということになります。 この方法だと、アジアカップはEUROと完全に重なり、現在の状況であれば、商売上、大きな影響が出るのは必至です。地域連盟間の格差は、何らかの「調整」が行われなければなりません。たとえば、EUROのアジア内での放映権料収入の何割かをAFCに納めるという方法です。 ■ビッグクラブの選手にはすでに大きな負担が… しかし選手を苦しめているのは代表チームのエゴだけではありません。クラブのエゴも見逃すことのできない要素です。バルセロナ、マンチェスター・ユナイテッドといったヨーロッパのビッグクラブは、シーズンオフにアジアや北米への「遠征」を行い、クラブの「マーケット」の拡大に努めるとともに、遠征そのものから莫大な収益を得ます。その多くは、シーズン前のトレーニングが始まる前で、選手たちのコンディションはまったくできていないといった状況です。 数年前に来日したスペインの有名チーム監督は、東京での試合が終わった後、「スペインに帰ったら2週間の休暇を与え、それからシーズンに向けての準備にはいる」と、恥ずかしそうな表情もせずに話していました。そんな状態の「スーパースター」たちを見せられるアジアや北米のファンも気の毒ですが、同時に、こうした商売目的のクラブの活動が選手たちから休養期間を奪い、犠牲を強いているという側面も見逃すことができません。 代表チームもクラブも、財政面での「後戻り」をする勇気と、その必要性を認識する見識をもたなければなりません。サッカーという競技の唯一の財産は、プレーをする選手です。彼らを酷使し、消耗させている現状は、サッカーにとって自殺行為にほかならないのです。 大住良之(おおすみ よしゆき) 1951年神奈川県横須賀市生まれ。中学生のとき66年ワールドカップ・イングランド大会の放送を見てサッカーにのめり込む。74年一橋大学卒業後、ベースボール・マガジン社入社、「サッカー・マガジン」編集部勤務。78年より編集長。82年同社退職後、(株)アンサー所属。88年よりフリーランスのサッカージャーナリストとして活動。 74年西ドイツ大会以降7回のワールドカップ取材をはじめ、多くの国際大会、世界各国のサッカー事情を取材。新聞・雑誌を中心に執筆活動を続けている。 アジアサッカー連盟「1998年フットボール・ライター・オブ・ザ・イヤー」受賞。 「日本サッカーライターズ協議会」事務局長。 女子サッカーのクラブチーム「FC PAF」監督。 <主な著書> 「理想のフットボール 敗北する現実」(双葉社 2004) 「代表戦記」(日本経済新聞社 2004) 「がんばれ! 女子サッカー」(共著 岩波書店 2004) 「アジア最終予選」(双葉社 2005) |
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