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ゼロックススーパーカップの問題になったPK戦で、鹿島GK曽ヶ端準は2回にわたって相手のキックをストップしましたが、その2回ともけり直しにされました。そのときに、曽ヶ端はゴールの脇にいて旗を上げた名木副審に向かって両手を広げるポーズをしながら抗議しました。 ■GKはボールがけられるまでライン上にいなければならない 実は、PK戦で広島の一番手である森崎浩司がキックを決めた直後、家本主審は曽ヶ端に対し注意をしています。私は確認できませんでしたが、「説明会」で説明に当たった上川インストラクターは、スタンドでそれを確認したと言います。 「家本主審が曽ヶ端選手に何か話しているのを見ました。『ゴールラインから離れるのが早すぎます。いまのは決まったからそのままだけど、決まらない場合にはやり直しになりますよ』と言っているのだなと納得しました」(上川インストラクター) にもかかわらず、曽ヶ端は、その次のキッカー、ストヤノフのときにもまったく同じタイミングでプレーしました。そしてやり直しを命じられても、5番手のキッカー、佐藤のときに同じことをしたのです。そして両手を広げて抗議のポーズをしてみせるのです。 PK戦のときの判定について少し触れておきます。ルールでは、「守備側のゴールキーパーは、ボールがけられるまで、キッカーに面して、両ゴールポストの間のゴールライン上にいる」(第14条)ということになっています。ゴールライン上にいれば、上半身だけでなく足を動かしてもかまいません。しかし相手のキックの直前に一歩前に踏みだし、そこからジャンプするGKがたくさんいます。ヨーロッパではこれが大目に見られているケースが多いようです。2006年ワールドカップ決勝戦のPK戦では両チームのGKが同じように一歩前に出てからジャンプしていました。そしてフランスのFWトレゼゲがゴールを外したときにも、エリゾンド主審(アルゼンチン)はやり直しを命じませんでした。 しかしルールでは明確に「ゴールライン上にいる」ことになっています。そして2006年ワールドカップ後、国際サッカー連盟(FIFA)はこのルールをもっと厳格に適用するよう、世界のサッカー協会に通達を出しています。 ゼロックススーパーカップでは、広島のGK木寺はほぼルールどおりのプレーをしていました。キックの直前、右足がわずかにゴールラインより前に出ていましたが、体はゴールラインの上でした。それに対し、曽ヶ端は完全に一歩踏み出し、体もいっしょに前に出ています。そしてそこからジャンプしているのです。 ゴールの幅は7.32メートル、PKスポットまでの距離は11メートル。GKはゴールラインと並行にジャンプするわけではなく、自分の位置からボールとポストを結ぶ線に「垂線」をおろす角度でジャンプします。それが最も遠くのボールへ手を届かせる方法だからです。PKのとき、ゴールの中央からのこの「垂線」の長さは約3.4メートルです。しかし仮に1メートル前に出た地点からジャンプすると、「垂線」は約3.1メートル。その差は30センチにもなります。指先に触れるだけでもコースを変えることのできるGKにとって、この差は圧倒的なアドバンテージです。 片方のGKがルールどおりプレーして、片方のGKだけがこのアドバンテージを利用している…。公平な状態とは言えません。名木副審、家本主審の判定は極めて妥当だったと言えるでしょう。 ■試合をコントロールする責任は誰に 試合の終盤、鹿島ベンチが家本主審の判定に大きな不満をもっているのは明白でした。とくに後半33分のプレーで広島にPKが与えられ、2−1と1点差に迫られてからは、広島の選手がファウルをするたびに鹿島のオリヴェイラ監督はベンチを飛び出し、右手をかざして「カードだ!」とアピールしました。そして家本主審がカードを出さないのを見ると、手のひらを上に両手を広げ、「なぜだ」と抗議の態度を表しました。 家本主審のゲームコントロールに問題があったのは確かでしょう。しかし問題はそれだけだったでしょうか。チーム側に「偏見」はなかったでしょうか。 記者席にはありました。前半12分に岩政が退場になったときには、「家本劇場が始まった」などというささやきも聞こえました。家本主審は一昨年、一時Jリーグの審判を外されて海外研修を命じられたことがありました。一般に、厳しくイエローカードを出すことで知られています。 人間であれば、多かれ少なかれ、誰にでも偏見はあります。レフェリーにもあります。かつて浦和でプレーしていたFWエメルソンは「シミュレーション」が多いので有名でしたが、レフェリーたちもそれを良く知っていて、「エメルソンが倒れたらシミュレーションを疑え」と自分に言い聞かせて試合にはいっていました。その結果、シミュレーションをしたわけではないときにもイエローカードを出されるということがありました。 チーム側に「家本主審は…」という偏見はなかったでしょうか。それが、いくつかの自分たちに不利な判定が重なったとき、「とんでもない主審だ」という思いに変わっていったのではないでしょうか。 選手たちの態度の悪さ、チームの偏見、ベンチの態度…。ゲームがコントロールを失い、時間を追うごとに混乱していった理由はいくつもあるように思います。レフェリーがどんなに努力をして正確な判定を心がけても、この状況で良いゲームに導くことは非常に難しいと言わなければなりません。 「ゲームコントロール」は、レフェリーだけでできることではありません。選手、監督、チーム役員、そしてレフェリー…。試合にかかわるすべての人が、偏見をもたず、相手の立場を理解し、尊重し、自ら主体的に「良いゲームにしよう」という努力をしない限り、コントロールなど実現できるわけがないのです。 その事実に、もっと多くの人が気づかなければなりません。 サポーターの乱入については大きな責任が鹿島アントラーズにあると思います。しかしその他、試合のなかで起こったことについて、今回、私は鹿島を非難しようとは思いません。ことごとく不利に判定されると感じることは、どのチームにも起こりうることです。そしてそのときのやりきれない思い(主審の判定は誰にも変えられないのですから)も理解できます。 しかしゼロックススーパーカップがあんな試合になってしまったことの責任の一端が選手やチームにもあることを理解しなければならないと思うのです。そうした反省がなければ、同じような不愉快な試合が繰り返されることになります。 ■選手たちを守ってくれるのはレフェリー 3月5日に行われた「レフェリング説明会」の主目的は、ことしのJリーグで行われるレフェリングの基準の説明でした。ビデオで数十のプレーシーンを見せ、ファウルかファウルでないか。ファウルであればイエローカードあるいはレッドカードが出るケースであるかどうかの説明が行われました。 この説明は、審判委員会がJリーグの全33クラブを回り、原則として全選手、全スタッフに見せて行ったものです。こうした取り組みを始めてから8シーズン目になるそうです。 ことし、審判委員会が強調したのは、「選手の安全を守る」というポイントでした。足を上げてのタックル、後方からの乱暴なタックル、肘や腕を不正に使って相手を攻撃する行為…。こうした行為は選手生命を脅かすほどの大けがにつながる恐れがあります。審判委員会は、そうした行為を絶対に許さず、レッドカードにすると強調しています。こうした行為から選手を守ってくれるのはレフェリー以外にありません。2月に中国の重慶で行われた東アジア選手権の中国戦のように、主審がこうした行為を野放しにすれば大変なことになります。 自分たちを乱暴な行為や重大な負傷から守ってくれるレフェリーたち。しかし彼らも、選手たち、監督たちの協力を必要としているのです。世界最高の主審が笛を吹いても、選手や監督たちが協力しなかったら、ゲームコントロールなど不可能でしょう。 サッカーの試合というのは、選手と、レフェリーと、そして監督をはじめとしたベンチの役員、控え選手を含めたみんなでつくるものです。「コントロールされた良いゲーム」をつくる責任は、そのすべての人にあります。 ■今回の「措置」は重すぎるのではないか 最後に、今回の家本主審に対する「措置」について簡単に感想を書いておきたいと思います。 たしかにゲームは荒れました。しかしそれは家本主審の誤審で起こったわけではありません。選手やチームとコミュニケーションを取って良いゲームに導くことはできませんでしたが、あの状況のなかで家本主審が最後まで「ルールの良き番人」であったのは間違いありません。 それに対し、今回の「措置」は重すぎるのではないでしょうか。 今回の問題で審判委員会に課せられた重要な責務は、何よりも「判定は正確だった」ことを強くアピールすることだったと思います。このままでは、あの混乱の責任が家本主審ひとりに押しつけられて終わってしまいそうです。そして、どうしたらより試合をコントロールできるか、現役やOBの審判員だけでなく、監督や選手などを集めて研究会を開くなど、より前向きな取り組みも必要だと思います。 なぜこんなに早くこんなに重い「措置」を家本主審に言い渡さなければならなかったのか、私にはまったく理解ができません。(了) 大住良之(おおすみ よしゆき) 1951年神奈川県横須賀市生まれ。中学生のとき66年ワールドカップ・イングランド大会の放送を見てサッカーにのめり込む。74年一橋大学卒業後、ベースボール・マガジン社入社、「サッカー・マガジン」編集部勤務。78年より編集長。82年同社退職後、(株)アンサー所属。88年よりフリーランスのサッカージャーナリストとして活動。 74年西ドイツ大会以降7回のワールドカップ取材をはじめ、多くの国際大会、世界各国のサッカー事情を取材。新聞・雑誌を中心に執筆活動を続けている。 アジアサッカー連盟「1998年フットボール・ライター・オブ・ザ・イヤー」受賞。 「日本サッカーライターズ協議会」事務局長。 女子サッカーのクラブチーム「FC PAF」監督。 <主な著書> 「理想のフットボール 敗北する現実」(双葉社 2004) 「代表戦記」(日本経済新聞社 2004) 「がんばれ! 女子サッカー」(共著 岩波書店 2004) 「アジア最終予選」(双葉社 2005) |
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